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横浜F・マリノスを中心に、サッカーの奥深さ、戦術の面白さを伝えたい

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【発展途上の完成形】横浜F・マリノス2022シーズンレビュー


横浜にシャーレが還ってきた。

2022トリコロールの航海。その終着港に待っていたのは、最高のご褒美だ。

この戴冠の意味は、クラブにとって30年目のシーズンというだけでは収まらない。2019年ですでに完成されたかに見えたマリノスのサッカーは、その後も成長を続け、ついに新たな完成形を生み出した。

さて、本稿の目的は、2022シーズン終了時点の現在地を言語化することで、来季以降のマリノスを見る上での土台を明確化しておくことである。今季どうだったかを整理することは、来季どうなるかを考える前提になる。

(※かなりの大作になるため、すべてを読むことはおすすめしません。目次を見て、気になった章に目を通していただければ幸いです)

 

 

 

【第1章 頂点への歩み】

まずマリノスの戦いぶりを時期ごとに区切ってまとめていく。


①シーズン前:前途多難の船出

"クラブ創設30周年"と銘打ったマリノスの2022シーズンは、前途多難のスタートだった。

ホーム最終戦後のセレモニーにて喜田拓也が言ったように、キャンプ中のコロナウイルス集団感染に始まり、まともな準備ができない期間があった。

また、もはや毎年恒例行事となっているが、多くの主力選手がチームを去った。この点、2021シーズンの基本フォーメーションに当てはめてみると、全く違うチームと言っても差し支えないだろう。

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2021シーズン 横浜F・マリノス基本布陣

上図の通り、スタメンのうち4人がチームを去った

2021シーズン得点王の前田大然、スーパーサブとして猛威を振るった天野純、2019シーズン優勝の中核を担った扇原貴宏ティーラトン、挙句の果てには最終ラインの要であったチアゴ・マルチンスがキャンプ中に移籍するという異例中の異例の事態。

特に、左サイドは総とっかえを余儀なくされた。

まさに前途多難。大きな期待と同時に大きな懸念を抱えたまま、30周年のメモリアルイヤーはスタートした。

②2~4月シリーズ:新たな可能性に満ちた序盤戦

件の左サイド一から再構築せなあかん問題は、まず昨季までマリノスに在籍したメンバーをコンバートする形で対応した。開幕2戦は、左サイドバックに小池龍太、左ウイングに仲川、ボランチに喜田と渡辺を置き、マリノスのサッカーを知るメンバーを中心とした構成。

そして2戦目で2連覇中の川崎を下し今季初勝利。ここからチームは次のフェーズに入っていく。

見据えるのは、4月後半に控えるACLグループステージ。

中2日で6連戦という殺人的な日程に耐え得るスカッドの強化がマストになる。しかも同時に目先の結果も求められる、難易度MAXのミッションにチームは挑戦した。

この時期、週2試合をこなす過密日程で、かつ、コロナ陽性者や怪我人が多数出たことでなかなかメンバーが揃わなかったことも手伝い、多くの選手を起用しながらやりくりせざるを得ない状況であったことは確かだが、ケヴィンはこのミッションを見事に遂行してみせた。

象徴的なのが、第10節の神戸戦。
前節・柏戦で畠中、岩田が退場したことによる出場停止で、かつ怪我人を多数抱えた状況での試合となった。
この試合で加入後初スタメンを勝ち取った宮市、西村、藤田、山根は、その後のシーズンも大いに貢献し、代表選出を勝ち取っている。まさに飛躍のシーズンのきっかけとなったのがこの神戸戦だった。

また、続く清水戦では角田が初スタメンを勝ち取り、勝利に貢献。

序盤戦は新たな顔ぶれが大活躍し、結果的に開幕後10試合で5勝2敗3分け、勝ち点18。好発進である。

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ACLグループステージ:熾烈を極めた総力戦

4月後半に行われたACLグループステージは、まさに総力戦の様相を呈した。

そもそも大方の予想を覆すほどレベルの高いグループだったことは考慮するべきである。
ホアンアインザライは地の利を活かし、マリノスに勝るとも劣らない強度を押し出したサッカー、シドニーは堅実なポゼッションサッカー全北現代は手堅い守備ブロックと個の能力の高さがあった。

序盤こそ環境への適応に苦戦したマリノスは、尻上がりにパフォーマンスレベルが上がっていく。結果的に4勝1敗1分けの首位通過を果たすのだが、ここでは総合力がものを言ったと私は考える。

光ったのは、ケヴィンの用兵術である。

他の3チームはメンバーを固定しがちだったのに対し、マリノスは毎試合必ず5人程度はスタメンを替えていた。すると、第5戦、第6戦をめどにマリノスのパフォーマンスが相対的に上がっていった。

1試合単位で見れば最善手は他にあったのだろう。しかし、6試合トータルのマネジメントは実に見事と言うほかない。
しかも、この大会期間中に大きな怪我人が出なかったのだから。

④5月シリーズ:響いた大黒柱の不在

ACLグループステージから帰国後、すぐにJリーグが再開する。

ところが、連戦の疲労が祟ったのか、再出発を期した名古屋戦でエウベルが負傷。ここから数試合、攻撃の要を失ったまま戦う必要に迫られる。

特に湘南、浦和、福岡との3連戦では、エウベルのような時間を作れる選手の不在によって、ケヴィンが志向する、相手を押し込み即時奪回を繰り返す構図になかなか持ち込めなかった。

続く京都戦は、京都がスペースを与えてくれたこともあり、右に仲川、左に宮市という爆速ユニットの起用で試合のテンポを上げることで優位に立てたが、エウベルがいないときにどのように攻撃を成立させるか、という課題は、潜在的に付きまとうことになった。

結局、5月は連戦と怪我人続出に苦しみながらもなんとか勝ち星を拾い、第16節磐田戦終了時に首位に立った。

⑤6~7月シリーズ:史上最強のチーム、しかし…

ワールドカップ予選による中断を挟んで迎えた6月。マリノスは、快進撃を見せた。

トップ下に西村、最前線は右から水沼、レオセアラ、エウベルの3枚が固定され、新たな攻撃の形が完成(詳細は後述)。

この間、天皇杯で栃木に敗れるなどの悲劇もあったが、リーグ戦で破竹の6連勝。しかも、前半戦で苦杯をなめた柏、広島をホームに迎えたリベンジマッチではそれぞれ4-0、3-0と快勝を収め、波に乗った。

しかし、7連勝をかけたセレッソ戦でエウベルがシャットアウトされると、攻撃が停滞。攻撃の型が完成してわずか数試合で相手の対策に遭うJリーグのレベルの高さ・難しさと、エウベルを軸に置いた前進ができない場合の方策の必要性を嘆くこととなった。

⑥8月シリーズ:浮き彫りになった課題

夏本番の8月。
リーグ戦鹿島、ルヴァンカップ広島、リーグ戦川崎、ルヴァンカップ広島と続く、上位陣との4連戦。

今シーズンを占う2週間が始まった。

幸先よく鹿島を点差以上の内容でねじ伏せてみせたが、ルヴァンカップ広島戦1st legに1-3で敗戦、続く川崎戦もアディショナルタイムのジェジエウの決勝点で敗戦、ルヴァンカップ2nd legも開始早々の角田の退場で出鼻をくじかれて敗戦し、ルヴァンカップは敗退が決まった。

特にこの時期は、宮市の離脱によってウイングのキャラ変が不可能になったことが影を落とした。交代策が乏しくなったことで、終盤まで1点を争うゲームやターンオーバーを強いられるゲームで前線の破壊力を維持できなくなっていた。
とりわけ6~70分以降に前線のユニットを総とっかえすることで、相手に混乱をもたらし、夏場の安定的な勝ち点積み上げに大きく寄与していただけに。

その後、同国決戦となったACLラウンド16の神戸戦も2-3で敗れ、まさかの公式戦4連敗を喫する。

こうして、2つのコンペティションが終わりを告げ、残すところタイトルの可能性はリーグ戦1本となって夏は去った。

⑦9月シリーズ:Partido a partido

エウベルを軸とした前進もウイングのキャラ変も失われ、いよいよ次なる型に着手しなければならなくなったマリノス。まさに退路を断たれた。

しかし9月は、課題に対する答えが随所に見られた。単一の型を仕込むのではなく、これまでの時間の中でやってきたことをエッセンスとして再利用。5連戦を1試合×5と捉え、各試合で対戦相手の特徴に応じた最適な人選と攻め方で乗り越えようとした。

東京戦ではボランチがサイドに流れてウイングのサポートをしたり、湘南戦・福岡戦では中央密集からのコンビネーションを活用してみたり、札幌戦では1トップのロペスが降りて中央から前進してみたりと、多種多様な取り組みの数々。優勝が少しずつ近づいていくなかでの地道な戦い。

まさに"Partido a partido"(1試合、1試合)な9月だった。

⑧最終盤:そして、戴冠へ

10月に入って初戦の名古屋戦は今季ベストゲームともいえるパフォーマンスで快勝。名古屋のプレスに対し、ロペスのキープ力を活かして中央を軸に前進し、左のエウベルへ展開、最後は水沼がフィニッシャーとなるなど、新たな攻撃の形を披露した。このまま優勝を手中に収めたかに見えたが、その後のガンバと磐田戦でまさかの連敗。

この2連戦では、右サイドを前進の軸として攻撃していた。水沼が低い位置に降りてボールを引き出し、時間を作る。そこからサイドバックボランチ、トップ下が絡みながら中央へ侵入していく。

前半戦で課題に挙がっていたエウベルに頼らない前進を、この最終盤で形にしてみせたのである。

引いた相手からどう点を取るか。サッカーという競技がこの世に生まれたころから存在する命題に頭を悩ませながらも、17日間のインターバルを経てラスト2戦へ。

浦和と神戸は、どちらも攻撃をベースに置いた戦い方を志向した。無論地続きではあるが、ガンバ戦、磐田戦とは少し異なる文脈である。マリノス戦の勝利に何が何でもこだわるというよりは、しっかり自分たちのサッカーを表現したいという意図が強かった。

しかしその反面、マリノスを相手にするならというリスクヘッジも同時に重視した結果、リスクテイクとリスクヘッジが噛み合わず、逆にマリノスがやりたいハイテンポなサッカーが表現しやすい環境に。

対戦相手のめぐり合わせというリーグ戦特有の要素も手伝い、ラスト2戦を連勝で乗り切ったトリコロール。結果的に、リーグ最多得点かつリーグ最少失点という好成績で5度目のリーグ優勝を勝ち取った。

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【第2章 対戦相手の戦術類型】

今シーズン、首位に最も長く鎮座してきたマリノスに対し、各チームはあの手この手で上回ろうとしてきた。

そこで、各チームが何をしてきたかを整理したうえで、2022シーズン終了時点でリーグにおけるマリノスの立ち位置を整理してみたい。

今回は、あえて攻守を区別せず、4つの類型に分けてみた。
先に断っておくが、各類型に17チームすべてが分類されるわけではなく、あくまで「こういうことやってくるチーム多いよね」という程度の分類であることはご理解いただきたい。


①4-4-2ボランチ封鎖ミドルブロック型

(例:セレッソ大阪ガンバ大阪)

相性:C

現状、マリノスが最も苦戦する傾向にあるやり方と言える。
なぜなら、試合のテンポが落ちるため、マリノスがやりたいハイテンポなサッカーが封じられてしまうからである。

そもそも、マリノスがやりたいハイテンポなサッカーとは何か?

エウベルのカットインドリブルを軸に据えた前進を例にとってみよう。

❶CB⇔ボランチのパス交換で相手を収縮させる
❷CB→エウベルのパスルートで素早く左へ展開する
❸エウベルのカットインで相手の視線を釘付け(収縮)にする
❹素早く右サイドの水沼宏太展開する
❺時間とスペースが与えられた状態で高精度クロス→チャンスメイク

以上のように、収縮からの展開というサイクルが円滑かつ高速に回せる試合では、試合のテンポが上がり、マリノスは圧倒的な強さを発揮した。とにかくゾーン3に速く進入することこそが、マリノスのサッカーの根幹にある考え方だからである。

しかし、例えば7月に対戦したアウェイ・セレッソ大阪戦では、小菊監督の策によって試合のテンポを上げることができなかった。

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小菊監督によるマリノス対策

まずセレッソの2トップがボランチの手前に立つことでCB⇔ボランチのパス交換を封じる。すると相手(とりわけボランチなど中盤の選手)を中央に収縮させることができなくなる。また、セレッソサイドハーフの立ち位置によるエウベルの孤立と対人守備にめっぽう強い松田陸の存在によって、左サイドに相手を収縮させることもできなくなった。

この点、終盤にかけて形作られていった右サイドからの前進構造では、この収縮と展開の高速サイクルが再興した。

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相手の2トップがマリノスボランチの手前に鎮座している状況から、比較的手薄な大外低い位置に降りる水沼の動きに合わせて右に展開。サイドバックの小池が高い位置で相手をピン留めしつつ、ボランチやトップ下、CFがサイドに寄ることで密集を作り出し、相手を収縮させる状況にする。そこから斜めのパスで中央を経由して逆サイドに展開するというもの。

ガンバ戦ではマルコスの立ち位置をはじめとして全体がサイドに寄りすぎたこともあり、中央へ向けた斜めの楔を活用して逆サイドに展開する意識が希薄だった。惜しくも攻略し、得点をもぎ取るまでにはいかなかったものの、今後に向けて「対策の対策」のヒントはかなり鮮明になってきているようだ。

②1トップ外切りミドルブロック型

(例:川崎フロンターレジュビロ磐田)

相性:B

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上述した中央から大外への素早い展開によるハイテンポ化を防ぐ手段として、これもマリノスが苦戦を強いられた類型である。

特に、CB→ウイングのパスルート上に相手ウイングが立つことで、素早くサイドに展開することができないため、マリノスとしては"いつもと違う"工夫が求められた。

この類型の特徴は、"奪いに来ない"こと。マリノスのパスルートを想定し、それを遮断することが主目的であり、いつどこで奪うかを能動的に設定している守備戦術ではない。だからこそマリノスとしては、"裏切る"必要がある。

例えば8月の川崎戦では、焦れて無理やり外回りを選択した結果、網にかけられてボールを失う場面が散見された。

しかし、この類型に対する攻め方のヒントは、随所に見られた。ポイントは、相手1トップの周囲でフリーの状態を作れることである。ボールを持ったマリノスのCBが相手を引き付け、そこにボランチが絡みながら相手のプレスがかからない状況を創出する。すると、出し手に時間とスペースが与えられる。

1トップ周辺での数的優位、中央密集からの一点突破。マリノスのスタイルで攻略することは可能であり、例えば9月のホーム・福岡戦の先制点はまさに中央の一点を突いて奪ったものだ。次なる課題は、日頃サイドを起点に前進している前提はありつつも、相手攻略のための最適なルートを見出し、それをやり続けることによっていかに試行回数を増やすことができるかである。

③リスク回避型プレス

(例:浦和レッズ名古屋グランパス)

相性:S

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マリノスが最も猛威を振るったのが、前から奪いにくるが後ろはしっかり人数を残したいプレッシングである。

これまでのマリノスでは、CB→SBの安易な各駅停車パスによって、こうした相手のプレスにハマるシーンをよく見かけたものだが、今シーズン、とりわけ後半戦は、そのような場面を見ることはほとんどなかった。

例えばアウェイ名古屋戦の1点目は、名古屋のプレスに対して高丘→ロペスのミドルパスによって局面をひっくり返すことができたシーンである。その後は、一旦ひっくり返してしまえばこっちのものと言わんばかりにスピーディーに攻め込み、ゴールを量産した。

前から奪いに行くことと、後ろに人数をかけることでリスクを回避すること、この2つを同時に求めた結果、陣形に間延びが生じ、マリノスが志向するハイテンポな攻撃がやりやすくなる。

一見、マリノス相手と考えると悪手でしかないように見えるが、実際には各チームの文脈として、その時に取り組んでいるスタイル等があり、日程上のめぐり合わせでしかない。これもリーグ戦の醍醐味というものだろう。
ひとつ言えるのは、マリノスが勝ち点と得失点差を稼ぐに際して、このような相手はお得意様であったということだ。

④オールコートマンツーマンプレス

(例:北海道コンサドーレ札幌サンフレッチェ広島)

相性:B

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③とはリスクに対する許容度の点で異なり、こちらはよりハイリスクハイリターンな志向に基づく類型である。

数年来、このオールコートマンツーでマリノスを苦しめ続けてきた札幌に加えて、片野坂監督指揮下のガンバ、スキッベ新監督を迎えた広島も同様の手法を採用して挑んできた。

この類型に対して鍵となるのは、高丘陽平である。

そもそもオールコートマンツーという特性上、初期配置でフリーになる高丘を放置してくるのか、誰かがマーカーを受け渡しながら高丘のところにもプレッシャーをかけるのか、非常に重要なポイントになる。

高丘がフリーになれる相手に対しては、持ち前のキック精度を活かした低弾道ミドルパスが威力を発揮した。相手CBとの駆け引きの中で降りる動きをするCFがこれを受けてそのまま速攻に繋げる。一度前を向いてしまえば数的同数になるのがオールコートマンツーのリスクであり、今季のマリノスはこれを肥大化させるだけのタレントと練度を持っていた。

今シーズンも基本的には苦しんだものの、勝負どころでは持ち前の選手の質を前面に押し出して乗り越えたと言える。


以上、2022シーズン時点でマリノス相手にやってくる4つの類型を紹介した。

現状、マリノスにとって最も相性が悪いのは①4-4-2中央封鎖ミドルブロックという結論だが、これを志向するチームが意外と少なかったことには言及しておきたい。

そもそも、マリノス相手に押し込まれ続ける状況を忌避してくるチームが多かった。だからこその③リスク回避型プレッシングに行き着くのだ。
正直、マリノス相手に勝つ確率を高めるためには、自陣に引いたところから陣地回復ができなくなるよりは、高い位置で奪ってショートカウンターを仕掛けてしまった方がよほど合理的であるという判断に行き着くチームが多かったのだろう。こうした思考の根底には、自分たちのサッカーを表現したいという考えがある。

しかし、カップ戦やリーグ最終盤などで、目先の勝利を是が非でもつかみ取らなければならない差し迫った状況に身を置く相手との試合では、得てして自分たちのサッカーを表現したいという思考を捨て、なりふり構わずマリノスの嫌がることだけをしてくるものだ。
90分トータルで割り切ってマリノスが嫌がることだけをしてくるチームには、かなり苦戦を強いられた。結果的にはその割り切りを無残にも打ち砕くことができなかった印象が強いだろう。

 

【第3章 強さの秘訣】

マリノスはなぜ優勝できたのか。その秘訣をいくつか挙げていく。


①時期に応じたマイナーチェンジ

小菊監督率いるセレッソが仕込んできたマリノス対策の話をした。
これは、単純に小菊監督の的確な采配を礼賛するものではない。Jリーグの難しさ・恐ろしさを示すものである。

せっかく完成した型であっても、5試合を待たずして研究され、対策が完成してしまう。Jリーグは、チーム間の実力が非常に拮抗している

そんな中で年間を通じて上位を維持し続け、最後には優勝まで駆け抜けたのがマリノスだった。相手の対策に遭いながらもマイナーチェンジを繰り返しながらあの手この手で対策をかわし続けてきた。

エウベルのカットインドリブルが沈黙したと見るや、中央密集やトップ下/CFの立ち位置調整、スタメン組み直しなどで対処するなど。
2022シーズンのマリノスは、小さな変化の繰り返しだった。

自分たちのスタイルを標榜し、体現するチームでありながら、同時に常に対戦相手やライバルのことを意識したチームだと言える。
これまで取り組んできたことを組み替えながらマイナーチェンジを繰り返したケヴィンと、それに対応し続けた選手たちの奮闘は、間違いなく強さの証だ。

また、こうしたマイナーチェンジの繰り返しは、思わぬ副産物も生むことになる。それは、特定の選手に依存しないこと。
とある時期に欠かせない選手はたしかに存在する。例えばエウベルはその最たる例。しかし、終盤に右サイドからの前進が軸になると、エウベルの依存度は下がり、磐田戦ではついにベンチスタートが許される状況にまでなった。シーズンレベルの視点では、欠かせない選手というのは案外いない。これこそがマリノスの総合力の正体ともいえる。

②ケヴィンの用兵術

ケヴィン・マスカットは、ビッグクラブ向きの指揮官である。

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これは私が事あるごとに言ってきた。複数のコンペティションを同時に戦い、尚且つ結果が求められる上位クラブの監督は、単純に高度な戦術を落とし込めるというだけでは圧倒的に足りない。選手起用のマネジメントこそが肝要であり、数試合単位で負荷調整をしながら戦わなければならない。

そして、ケヴィンはそうしたマネジメントが抜群に上手い。試合に出る選手はもちろんのこと、メンバーから外れた選手のモチベーションも高く保たれているというのは多方面から漏れ聞こえてくる話である。

最たる例として、前項にて述べた特定の選手に依存しないチーム構築に一役買ったのは、メンバーを固定しないケヴィンの用兵術である。

より多くの選手に試合という実戦経験を積ませることで、スカッドのラージグループを作り、選手の疲労度やコンディション、志向するサッカーの内容に応じて自由に選手をピックアップできるのがマリノスの強みだった。

だからこそ、特定の選手が欠場を強いられてもチームのパフォーマンスレベルを落とさずに戦える。これは、目の前の1試合ではなく、数試合のスパンで見たときに非常に有効なスカッドマネジメントである。

こうした用兵術によって、マリノスは、連戦中の極度のコンディション低下回避など、優勝の要因ともいえるメリットを享受することができた。

③キャラ変による攪乱

右に水沼、左にエウベルを置いて相手を押し込み理詰めで攻め立てる前半と、右に仲川、左に宮市を置いて爆速で攻めきる後半。この鮮やかなコントラストは、2022年真夏のJリーグを席巻した。

エウベルを軸とした押し込み攻撃が対策に遭っても、このウイングのキャラ変は対策されなかった。

5枚交代制が根付き始めた2022のJリーグ、各チームは一様に選手交代によるキャラ変で変化をつけようとしていた。
しかし、キャラ変前後どちらでもゴールを陥れることができるほど成熟していたチームは限られていた。というか、ほぼマリノスくらい。

7月終盤のE-1選手権で宮市がシーズンアウトの大けがを負って以降、外国籍枠の関係などでウイングのキャラ変ができない時期が続き、70分以降にどう点を取りに行くかという課題が生じたが、シーズン最終盤になってヤン・マテウスがベンチに定着し、一応の解決を見た。

思うに、実効性はさておき、そもそもウイングのキャラ変ができるという状態にあることがすでに価値である。それは、特にウイングを軸としたマリノスのようなチームであればなおさらのこと。相手に異なる守り方を強いることで、相手の守備陣形にズレを生じさせることに繋がるのだ。

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【第4章 ロッドアウォーズ】

激動のシーズンの集大成として、私ロッドが選ぶMVP、ベストゲーム、ベストゴールを紹介していく。
4年目を迎えた恒例企画、はっじまーるよー!

①MVP

エウベル

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2022シーズンマリノスの戦術兵器。
エウベルが対面のサイドバックなど相手を1枚ないし2枚剥がすことが前提の攻撃設計。それを可能にしたのは、彼が持つ独特なリズムのドリブルである。
相手DFに体を当てられても倒れないどころか、その衝撃を利用してぐんと前に出るなど、状況に応じた身のこなしが抜群に上手い。

あと、私が個人的に好きなのは、左サイドからカットインしたと思ったら次の瞬間に逆サイドに向かって対角線に出す低弾道の高速ミドルパス。現地で見ていて、そのシュートのようなパススピードでありながら、正確に受け手の足元に付けられる精度の高さには舌を巻く。

総じて、あまりに戦術兵器過ぎるため、60分の定時退社、プレッシング局面の負荷軽減など、ケヴィンもかなり優遇している様子。
部長、というかもはや役員並みの好待遇だが、彼にしかできないプレーでそれに見合うだけの活躍をしてくれている。

終盤の戦いぶりから、前進における彼への依存度が下がりつつあることから、来シーズンはよりアシストやゴールなどが増えることが予想される。

②ベストゲーム

第31節 vs名古屋(@豊田) ○4-0

ケヴィン・マリノスの完成形を見た試合。

名古屋がプレスに奪いに来ること、そして直近の試合を欠場していたマテウスを起用してくることをスカウティングの段階で把握し(たぶん)、マテウス周辺の密集とアンデルソンロペスの降りる動きでプレスを無効化。

プレスをかけられても時間を作りながら速く攻め、即時奪回を繰り返すことで相手を押し込んでいく。これを90分間やり通せたという意味でも、この試合がケヴィン・マリノスの完成形である。

個人的には、エウベルのカットインを軸に置いた前進から脱却したことを目に見える形で感じたのがこの試合であり、ここまでのチームの成長を感じ、非常にエモーショナルな試合だった。

③ベストゴール

第24節 vs川崎(@等々力)の仲川輝人の1点目

ワールドクラスのロングカウンター。

自陣ペナルティエリアエドゥアルドがクリアをしたところから最後に仲川がシュートを打つまでわずか9秒。あの「ロストフの14秒」を上回る速さ。

まさに「等々力の9秒」である。

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【第5章 まとめ・考察】

①2022シーズンを終えて

実質ケヴィン指揮下1年目でのリーグ制覇となった、2022シーズン終了時点での現在地をここに示す。
端的に言えば、アンジェが当初思い描いたマリノスの完成形に近づいている。

ハイテンポな攻撃を信条とし、なるべく早く相手ゴールに到達する、という考え方自体はアンジェが作り上げたもので、今も踏襲されている。
しかしケヴィンは、アンジェがなかなか手をつけられなかった課題にいち早く手をつけ、それを完成させようとしている。

これは私の主観に基づく見立てだが、本来アンジェがやりたかったサッカーは、2019シーズン後半の前後分断爆速サッカーa.k.a.マルコス/エリマテシステムではないと考える。どちらかというと、マルコスシステム導入前にやっていた、天野純と三好をインサイドハーフに置き、サイドを軸に相手を押し込んで即時奪回を繰り返すサッカーを志向していた。

しかし、2019シーズンに軸となったティーラトン、マルコスジュニオール、チアゴマルチンスといった選手の特徴を鑑みたときに、相手を引き込んで前後分断の状況を作り出し、スペースがある状態で各人のスピードを重視した方が勝てる。そこからあの史上まれに見る台風のようなサッカーが実現した。ただし、見方によってはアンジェの理想というよりは、現有戦力に最適化させた、いわば苦肉の策であった。

あれから時は流れ、ケヴィンはアンジェが手つかずのまま残した課題に手をつけた。前後分断ではなく、どこかで時間を作ることによってチーム全体が呼吸を合わせながら相手陣地に前進し、押し込み、奪われたら即時奪回を行う。アンジェが理想として持ちながらもなかなか形にならなかったことが、ケヴィンが引き継ぐことでようやく形になり、一つの完成形を見出した。しかも、本稿で散々触れてきた通り、その完成形を体現するたった一人のキーマンを作らずして。再現性ある一つの完成形。それが2022シーズン終了時点の現在地だ。

②2023シーズンに向けて

では、今後のマリノスの道筋に想いを馳せてみたい。

この先メンバーが変わったとしても体現できる一つの完成形にたどり着いたのが現状であるが、このまま今の完成形を維持するだけでは先細りしていくのみである。

2022シーズンの課題として何よりも最初に思い浮かぶのは、カップ戦がことごとく早期敗退に終わったことだ。これについて、考えてみたい。

カップ戦の勝者を決めるのは、「攻撃的か、守備的か」という二択ではない。攻撃的なチームだって目先の試合に勝つことはできる。
では、カップ戦の特性はどこにあるのか?

カップ戦とリーグ戦では、目の前の試合に対するモチベーションが変わってくる。前者は目先の勝利のみが求められるのに対し、後者は数試合後の勝利も勘案し、自分たちのサッカーを表現する必要がある。

カップ戦で勝てるチームは、相手が嫌がることをやりまくって試合に勝つことに集中してくる度合が強い。相手に弱点があるのなら、なりふり構わずそこを突く。

これをふまえて、マリノスはどうか。

シーズンを通して複数の型を経験したものの、目の前の1試合を切り取ってみると、一つの型のみしか使いこなせなかった。つまり、直近の試合でマリノスに勝つためであれば、マリノスの強みを消し、弱みを肥大化させることができてしまう

マリノスカップ戦に勝つために必要なこと》
①常に複数の攻め手を持ち続けること
②その中から対戦相手・試合展開によって最適な手を繰り出すこと

ケヴィン・マリノスが2022シーズンを通じて様々な型を会得し、一つの完成形に行き着いた。では、それぞれの型をいつ、どう使うかというフェーズに入っていくのが2023シーズンである。型のサイクルを1試合単位、もっと言うと時間帯単位で回し、対戦相手や状況に応じて使い分けられるようにしたい。

そして"型の使い分け"ができるようになれば、すなわち黄金期の到来を意味する。カップ戦で勝てるようになるし、リーグ戦だって今より安定した成績が残せるようになる。

このチームは、まだ発展途上。その過程を楽しめる我々はこの上なく幸せで恵まれたサポーターなのだ。

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写真提供:あっぴ(@yfm_mick11)

【あとがき】

1万字を超える大作を読んでいただきありがとうございました。

こうしてシーズンプレビューを書くのも今年で4回目になりました。
個人的に冬の風物詩であり、実は書いていて最も楽しい記事だったりします。なぜなら、普段書くプレビューやレビューというのは、ある程度型を決めて書いているのに対し、シーズンレビューは目次構成から私が伝えたいことをストーリー立てて組み立てることができるため、ある種の様式美じみた感覚が心地よいからです。

少し本稿についての個人的な想いを述べていきますね。

【第2章 対戦相手の戦術類型】は、個人的に"挑戦"でした。今まで書いてきたシーズンレビューは、基本的にはマリノス視点だったのですが、今シーズンは個人的にプレビューに挑戦してきて、対戦相手から見るマリノスという視点にとても面白さを感じていたので、本稿に取り入れることにした、というのが経緯です。まあ要するに、思いつきです笑
本当はもう少し綺麗かつ簡潔にまとめられたら良かったのですが、同じ類型と分類したチームであってもやはり差異はあって、それをどう一括りにして述べるかという点で非常に難しかったです。同じフォーメーションであってもチームによってピッチで表現されるものは全く違いますし、ここはサッカーを語ることの興味深さや奥深さを感じるとともに、難しさでもあるなと感じました。でも、シーズン総括記事に対戦相手の視点を入れるというのはなかなか面白いアイデアではあったなと個人的には満足しているので、来シーズンはもっと納得感のある分類であったり、見せ方の工夫なんかもしていきたいと思っています。

先述した通りかなりのボリュームになってしまいましたが、私が思う今シーズンの優勝の意味や嬉しいポイントに関しては、【第5章 まとめ・考察】に込めたつもりです。あとは基本的に起こったことの整理というか羅列に過ぎないので。やはり個人的には、2019シーズンの優勝というのはちょっとチートというか、、もちろん嬉しかったけど、優勝をただ優勝として喜んでいた節があったんですよね。その意味合いというものをあまり考えるものではなかったなと。特に2020/2021シーズンは、強いんだけどちょっと頭打ち感も見えているような状態で、逆に2019シーズンの成功体験が邪魔をしているような感触もどこかあって、正直あの優勝の喜びというのはこの3年間で薄れていたんです。それと比べて今回の2022シーズンの優勝は、正真正銘強いチームが得るべくして得た結果というイメージがあって、すごく嬉しかった。アンジェが本当は描きたかった絵を今のマリノスは体現していると思っていて、この5年間の苦労が報われた感じがしています。喜びもひとしおです。

少し気が早いですが、次のメジャータイトルはまた違った意味があるでしょうし、私の想定だと意外とすぐ来るのではないかと本稿の執筆を通じて感じました。2023シーズンも楽しいマリノスが見られるんじゃないかと確信しています。

最後になりますが、拙稿に目を通していただきありがとうございました。

また、活字だらけの殺風景な記事に彩りを与えてくれたあっぴさん、ありがとう。おかげさまで、記事に差し込む写真を厳選するのにかなり苦労しました。特に、表紙に使わせていただいた写真は、マリノスファミリーの一体感がよく表現されていて、みんなの雄叫びが聞こえてくるようです。

というわけで、本稿をもって2022マリノスの記事は以上となります。
1年間ありがとうございました。

引き続き来シーズンもよろしくお願いします!!
良いお年を!!

Fin.

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